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釧路地方裁判所網走支部 昭和41年(わ)91号 判決

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

押収してある樋口勝已名義の自動車運転免許構造試験答案一枚(当裁判所昭和四一年押第三二号の一、自動車運転免許構造試験結果表一冊中のもの)の偽造部分を没収する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、昭和二〇年四月北海道巡査を命ぜられ、同三一年四月から網走警察署交通係内勤巡査として勤務していたものであるが、昭和三九年九月三日、網走市桂町所在網走市労働会館において、大型自動車免許構造学科試験が行なわれた際、同試験実施補助のため、網走警察署から派遣され、試験問題および答案用紙の配布、回収、試験場の見廻り等の職務に従事中、たまたま、かねて友人である有限会社アラオモータース取締役社長荒生博から同会社従業員樋口勝已が大型自動車運転免許試験を受験するからこれに合格できるよう同人のため便宜を図ってもらいたい旨、依頼されていたことを思い出し、受験中の右樋口のかたわらに行き、同人の答案をのぞきこんだところ、あまり成績が良くなかったので、同人名義の答案を作成して、これをあたかも右樋口の作成した答案であるかのように試験実施担当官に提出して右樋口を同構造学科試験に合格させようと考え、同試験場後部の空席において、行使の目的で、所持していた自動車構造試験答案用紙一枚の受験番号、氏名欄に黒鉛筆で「494樋口勝已」と勝手に記載し、所要の解答欄に○印を付して、同人の答案全問正解であるかのように作成し、もって樋口勝已名義の事実証明に関する文書(同押号の一、中にあるもの)を偽造し、まもなく同試験場で、試験答案回収の際、右樋口が真正に作成した答案とすりかえて、右偽造にかかる答案をあたかも真正に成立したもののように装って試験実施担当官である遠藤正已に対し他の受験者の答案と共に提出して行使したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(本件構造試験答案の性格について)

被告人が大型自動車運転免許構造学科試験の際、受験者樋口勝已を同試験に合格させるため、同人名義の全問正解の答案を作成偽造し、これを樋口が作成した答案とすりかえて試験実施担当官に提出行使したことは判示認定のとおりである。

ところで検察官は、本件答案は受験者の知識程度を証明する意味において刑法一五九条一項にいわゆる事実証明に関する文書であると主張し、弁護人は、事実証明文書とは、ある事実を客観的に存在し、又は存在しないと表現するものに限られるべきであり、本件答案の如きものは事実証明文書とはいえず、結局、被告人の所為はせいぜい刑法一六七条にいわゆる署名偽造および偽造署名使用罪にとどまると主張するので判断する。

まず、本件答案は、いわゆる択一式試験における慣例として、極端に省略されてはいるけれども、なお作成者の特定の意識内容の表現した文書と認めることができ、単なる図画もしくは記号とは本質的に異なるものであることは言うまでもない(郵便局の日付印を文書とする大審院昭和三年一〇月九日判決、物品税表示証紙を文書とする最高裁判所昭和二九年八月二〇日決定、同昭和三五年三月一〇日決定等参照)

ところで、事実の証明に関する文書とは、弁護人の主張するように客観的ないし外形的事実を証明するものに限らず、主観的事実を証明するものでも良いと解すべきであることは言うまでもない。けだし、主観的事実あるいは単なる内心の事実でも、それが文書に表現されることによって、一般人をして真実であると信じさせるに足る公証力をもつことがありうるからである。(推薦状に関する大審院大正六年一〇月二三日判決、祝賀広告に関する最高裁判所昭和三三年九月一六日決定等参照)

むしろ、本件答案が、権利義務に関する事項又は法律上もしくは社会生活上重要な事項を証明するに足りる文書かどうかが問題なのである。ところで、刑法一五九条の権利義務に関する文書とは、必ずしも権利、義務の得喪変更を直接目的とする意思表示を記載したものに限られないが、少なくとも権利、義務の発生原因となる事実を証明するに足りるものでなければならない、と解すべきところ、運転免許は、本件構造試験の合格という事実の法律効果として与えられるものではなく、運転免許は、他の適性試験、法令試験、技能試験を含む全科目を合格したという事実を免許の有資格者たる事実として、これに対して欠格事由その他の事由のないときに与えられるものである。

従って、本件答案は、試験科目の一部である構造試験に合格している事実を証明するに足りる文書ではあるが、その事だけでは運転免許という権利(実質は許可であるが刑法一五九条の権利に含まれると解される。)の発生原因となる事実を証明するに足りない。もっとも、権利の発生に事実上の可能性を与える文書もまた権利に関する文書であるとする見解もあるが、そのように広く解釈すべき理由はない。

次に、刑法一五九条の事実証明に関する文書とは、法律上関係ある事項を証明するに足りるものは勿論、たとえ法律上関係ない事項でも実社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りるもの(前記最高裁判所昭和三三年九月一六日決定参照)を含むと解されるところ、本件構造試験の答案は、検察官の主張するように、単なる受験者の知識程度を証明し、採点の用に供される文書に過ぎないものではなく、前示のとおり全問正解の答案であって、本件構造試験に樋口勝已が合格している事実の証明の用に供される文書と認めることができる。勿論、通常の採用試験においては、答案それ自体が合格の事実を証明するものではなく、採点によってはじめてその事実が証明されるものではあるけれども、運転免許試験は、通常の採用試験とは異なり、その性質上、一定の水準以上の者に対しては無制限に免許を与えてしかるべき性質のものであるし、又それ故に採点者の主観を容れる余地のない択一式試験としていることから見ても、本件構造試験の答案は採点をまたずに合格の事実を証明する文書ということができるのである。

そうして、構造試験の合格という事実は、これに対し、通路交通法が試験免除等の法律効果を付して(同法九九条二項同法施行令三七条五号、―昭和三九年法律第九一号による改正前も同じ)、次回における免許の取得を容易ならしめているから、免許の取得という法律関係に、間接的ではあるが、重要な利害を有する事項と解することができこのような事項を証明するに足りる本件答案は、前記法条にいわゆる事実証明に関する文書と解される。

もっとも、本件答案が、それ自体不特定多数人に公開されるべき性質のものではなく、行政許可の手続においてのみ使用されるものであるから、公共の信用を害するおそれは少ないと言えるけれども、それだからと言って、文書による社会生活の安全が害されることに変りはなく、私文書偽造罪を否定する根拠にはなりえない。

以上説明した理由により、当裁判所は本件の答案を刑法一五九条一項の事実証明に関する文書と認めた次第である。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、私文書偽造の点は、刑法一五九条一項に、同行使の点は同法一六一条一項、一五九条一項に、それぞれ該当するところ、両罪の間には手段、結果の関係があるので同法五四条一項後段、一〇条により重い偽造私文書行使罪の刑で処断することとし、その刑期範囲内で被告人を懲役六月に処するが、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。押収してある主文掲記の樋口勝已名義の自動車運転免許構造試験答案一枚(前同押号の一、中にあるもの)の偽造部分は、本件私文書偽造罪によって生じ、同行使罪を組成したもので、なんぴとの所有も許さないから同法一九条一項一号三号同条二項により、これを没収する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 小泉祐康)

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